ふくてんの人間0年生雑記

【2017年】今年最後のテーマは「ブログをはじめたきっかけ」【離人症を発症した私】

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こんにちは。ふくてんです!

 

今年も残すところ、あと数時間となりました。

皆さんいかがお過ごしでしょうか。

 

 振り返れば、さまざまなことがあった1年でしたが、今年も平和な1日で終われる事を嬉しく思います。

 

 今回は今年1年をざっくり振り返りながら、皆様への年末のご挨拶へと代えさせて頂ければと思います。

 

 

ブログをはじめたきっかけ

まず、今年の大きな取り組みとしては、はてなブログに挑戦した事です。

 

ブログなんて、人生で一度もやったことがなかった私。

 

 

始めたきっかけが実は2年も前に遡ります。

少しお話が長くなりますが、お付き合い頂けますと幸いです。
(話の内容がディープなので、気分を害されてしまったらすみません…)

 

 

発端は新社会人の時

当時、新卒で入社した会社がいわゆる新人に対して雑な会社でして、新人研修の時にやたらと人格否定をされ、精神を壊されてしまい、「私なんて社会から必要とされていないんだ」と毎日のように思っていました。

 

新人研修が終わり、配属された後でも地獄の日々は続いていました。

 

毎日、午後から出社する上司の分の仕事までやらされ、挙句の果てにその上司は社員にセクハラを行う所業。

 

それでも、頑張ろうと業務改善の提案を上程したら、それが生意気だととられ、仕事を一切やらせてもらえない事もありました。

 

会社で仕事がないっていう事がこんなに辛いんだって心から痛感しました。

 

 

その後、新人ひとりではとても請け負いきれないプロジェクトの責任者を任され、炎上し、誰にも助けてもらえず(上司は無視)、社長に怒られる毎日。

 

入社1年目の新人ひとりが億単位のプロジェクトの責任を取る為にクライアントに土下座しにいった事もありました。

 

しかし、"石の上にも三年"

父から教わったその言葉だけを信じ、3年は耐え抜こうとしていた矢先にある事が起きるのです。

 

 

度重なるプレッシャーについに・・・

ついに私の精神にもガタがきてしまったのか、出社日の朝に通勤途中の電車の中で倒れてしまったのです。

 

それからというもの、嗚咽や身体の震えが止まらなくなったり、最終的には言葉を話そうとしたら息がつまって、話せなくなってしまいました。

 

"ああ、人間ってしんどくなったら言葉も話せなくなるんだなぁ"と…。

 

いよいよ、自分の力で出社できなくなってしまった私は、会社から批難される事を覚悟した上で勇気を出して精神内科を受ける事にしたのです。

 

 

診断結果は「離人症」

お医者さんから言われた病名は初めて聞く名前でした。

「離人症」とは、人格喪失感。

自分自信が行動していながら、実感が湧かず、自分が本来の自分とは思えない病気の事です。

常に喪失感や空虚感に苛まれ、物事を正しく認識できない精神障害の1種とされています。

 

うつ病や統合失調症に付随して現れる病気です。

 

病名を言い渡された時は「この医者なに言ってんだ?」と思いました。

 

だって、そんな事言われたら明日から働けなくなるから。

 

凄くショックでした。

もう働ける身体じゃなくなったんだと。

 

ふっと目の前の人生が暗くなったような感覚でした。

 

 

その日は私にとって人生で一番最悪の誕生日となりました。
(たまたま、その日が誕生日だった)

 

しかし、お医者さんから言われた言葉で今までなにも感じなかった心が一気に溢れ出して止まらなくなりました。

 

「今まで大変だったね。社会という歯車に自分だけがハマっていないんじゃないかって・・・辛かったね。もう大丈夫だからね。」

 

その瞬間、今まで鍵が掛けられていた扉が開いた感覚がして涙が溢れてきました。

 

その通りだったのです。

私が今まで言葉にできなかった不安や空虚感を伝えずとも代弁してくれたような。

 

 

休職を決意

私は休職を決意し、会社に伝えました。

 

想定どおり、上司たちは心配をするわけでもなく、「引き継ぎしとけよ」という一言のみ。

 

そして、私の代わりとなる職種の中途を募集し始めました。

 

その時、私は「もう、ここに戻ってくることはない」と決意したのを覚えています。

 

 

休職期間で辿り着いた道

休職期間中の序盤は今まで週5日で働いていた時間がぽっかり自由になったので、なにをしてよいかわからず、空っぽな日々でした。

 

それでも、家の周りを散歩してみたり、公園でおじいさんやおばあさんと話したり、普段ではできない事を少しずつやってみました。

 

 

その延長線上で、インターネットを漁っていた時にとある人のブログに出会ったのです。

 

www.hitode-festival.com

そう。皆大好きヒトデさんです。

 

ヒトデさんは当時働きながらブログをされており、その時点で尊敬なのですが、ご自身が趣味としてはじめられたブログが社会人としての収益を越えたと知ったときは驚愕しました。

 

ヒトデさんの魅力はそれだけでなく、記事を見てて凄く楽しいのです。

 

軽快なテンションで始まる冒頭に引き込まれ、記事を読んでいくと、「読んで良かった!」と思える新しい知識や知りたかった情報をしっかりと書いてくださっていて、「ネットを介して知らない人の役に立てるって凄い」と感動しました。

 

そして、いつか私も微力ながら、このような事ができたらいいなと思うようになりました。

 

それが、私がブログをはじめたきっかけです。

shachiku-festival.com

今では、ヒトデさんの「今日は社畜祭りだぞ!」に寄稿させて頂くのが私のちょっとした夢です。

 

 

社会復帰をした今

離人症を発症し、休職してしまった私はその後、少しずつ療養を行い、社会復帰できるようになりました。

 

休職したばかりの頃は「この歳で履歴書に汚れた自分を採用してくれる会社なんて、どこにあるんだろうか」という思いが頭いっぱいに巡り巡っていたのですが、今まで精一杯取り組んできた仕事を評価して頂き、ご縁あって新たな会社の仲間に加えさせて頂ける事になりました。

 

しかし、ブログ(アフィリエイト)で暮らしを確立する夢は変わっていません。

 

 

さいごに

この2年間で本当にさまざまな事がありました。

 

無価値だと思っていた自分の人生に少しずつ彩りが挿してゆき、道半ばではあれど、以前よりは自然に笑顔が出せるようになってきたように思います。

 

人生のどん底にいた療養期間中に自分が記していた日記の中の言葉が今になって妙に自分自身に突き刺さります。

 

"人生、やり直すのに遅すぎることなんてない"

 

当時の弱々しかった自分がどうしてこんな語気の強い言葉を書いたのかは今では覚えていませんが、きっとこれは暗闇をさまよっていた彼が"それでもなんとかして生きたい"という魂の意気込みだったのかもしれません。

 

そんな彼に今もなお、励まされています。

 

 

ブログを始めて、まだ半年ですが、少しずつ見に来てくださる方が増えてきて、本当に楽しい1年間でした。

 

そして、いつもとは違い、だらだらと思いの丈を綴ってしまったこの記事に少しでも何か感じた事がありましたら、コメントなど頂けますと大変嬉しく思います。

 

 

皆様、2017年は本当にありがとうございました。

2018年も改めて宜しくお願い致します。

 

良いお年を。